2020.6.29 正木ブログ
映画「コリーニ事件」とドイツの刑事裁判
先日,映画「コリーニ事件」を見てまいりました。同名小説の映画化です(小説は読んでいません)。
問題となっているのはドレーアー法という法律の影響、ナチスによる犯罪をドイツでどのように消化するか、それについて被害者側はどのように行動するかということであり、また時効制度の意義や役割についてもいろいろと考えさせられる作品です。小説版の著者であるフェルディナント・フォン・シーラッハ氏は刑事弁護専門の弁護士であるとのことです。
映画全体のテーマは非常に重苦しいものであるのですが、見ていてどうしても気になるのはドイツの刑事裁判の流れです。序盤のローブの扱いや(日本でいう)初回接見の扱い方、あるいは裁判所の構造、被告人の着席位置、被害者遺族の刑事裁判への参加のあり方、マスコミの裁判所内での取材のあり方など日本との違いを取り出していけばきりがありません。もっとも、日本の映画が日本の裁判を忠実に再現しているとはいえないのと同様に、この映画がドイツの裁判をどこまで忠実に再現しているかは分かりません。パンフレットの解説を読む限り、被害者遺族があの位置に着座できることは間違いなさそうですが。
日本の弁護士はドイツの弁護士ほどに役割が細分化されておりませんので、弁護側・被害者側いずれの立場にも立ち得ます。戦争犯罪の難しさ,時効という制度の難しさを色々と考えさせられた作品でありました。