2019.7.19 ネット被害
口コミに対して損害賠償請求について
例えば飲食店なら、ぐるなびや、食べログがある。デートや職場の飲み会などで、これらの「口コミ」を参考にする人は多いだろう。
Amazonや楽天など、いわゆるネット通販ビジネスにも、かならず「商品レビュー」という欄があり、購入者に対しては「口コミをお願いします」というメッセージが来る。宿泊予約サイトでも同様だ。病院や美容室などにも口コミ掲載のある検索ホームページがあるし、またグーグルビジネスに掲載している企業や事業、店舗などについては、グーグルアカウントさえ持っていれば誰でも、口コミを書き込むことができる
一方、これらの「口コミ」の信ぴょう性が、怪しい、という話もよく聞く。かつて、食べログについて、店舗側が書きこむいわゆる「やらせ口コミ」があるのではないかとの疑いで、消費者庁が調査に入ったことがある。処分自体は見送られたが、「店舗側が書き込んでいるのではないか」という疑問を感じたことがある人は多いだろう。
「口コミ」は真実か虚偽か
美容院や病院、食べログなどにとって、口コミの影響は大きい。悪い口コミを書き込まれ、売上が激減した。口コミを書いた相手を訴えたい。と考える経営者は多い。だが、「口コミ」を書き込んだ相手を訴えられるか。訴えられるとして、訴訟によって何を得ることができるのか。というと、これはなかなか難しい問題である。
第一に、口コミをだれが書いたか。訴える相手が判らなければ、請求のしようがない。「あなたが書いたんでしょ」と問い詰めて、はい、そうです、と認めてくれればよいが、たいていの場合はそうはならない。その場合には、グーグルや、食べログなど、サイト管理者や運営会社側に対し、この口コミを書いた人の氏名や住所を教えてくれと頼むことになる。これが、本当に誰が見ても明らかな名誉棄損、たとえば、「ブタのように醜く太った女がウェイトレスをしていて気持ち悪い」「この店には悪霊が取り付いていて、入った人はみな病気になって苦しんで死んでいく」と言った口コミであれば、サイト管理者・運営者が要請に応じてくれることも、ないわけではない。
ただし、任意開示してもらえる可能性は、高くはない。「これはあきらかに、店の権利が侵害されている」とサイト管理者が判断しなければ、彼らは要請に応じない。こうなると、次の手順として、まず、書き込みがなされた機器、つまり、PCなり携帯電話なりの、IPアドレスと、タイムスタンプを開示せよ、という仮処分命令申立を、裁判所に起こすことになる。
これがなぜ「仮処分命令申立」であり、「裁判」ではないのかというと、このような書き込みのアクセスログはすぐに消えていってしまう可能性があるからである。ご存じ存じのとおり、訴訟というのは非常にまったりと進んでいく。訴状が提出されてから、一か月くらいたってやっと初公判。その日は手続的に訴状と答弁書が陳述されるだけで、実質的な審理はさらにそのあと、という感じである。こうやってもたもたしている間に、問題のログは消えてしまうは、店の売り上げはどんどん落ちていくわ、ということになると非常に困る。なので、「仮処分」という比較的迅速な手続きが用いられるのである。
さて、仮処分で勝てれば、IPアドレスとタイムスタンプが判ると、どのインターネット業者を使って書き込みがなされたかが判る。ソフトバンクだとか、NTTだとか、まあそういうことが判るのである。次に、これらのインターネット業者に対して、アクセスログを消去しないでね、裁判の証拠にするから、と頼むことになる。任意で応じてくれなければ、これもまた仮処分命令申立をしなければならない。
こうやって、アクセスログを保全して、インターネット業者が判明して、初めて、インターネット業者に対して、発信者情報開示請求訴訟を提起し、発信者に関する「住所・氏名・メールアドレス」等の情報の開示を求めることになる。この訴訟での争点は、対象投稿等の記載が、原告(開示請求者)の権利を侵害するものであることが明白か否か、である。ここで裁判で争って勝って、初めて、誰がその投稿を書いたか、が判り、それが判って初めてその書き込みをした相手に対して、損害賠償を請求するとか、名誉棄損で刑事告訴をするとか、そういった手続きを採ることができる。
損害賠償が取れるのだろうか?
このように、仮処分やら裁判やらの戦いを勝ち抜いて、ようやく、書き込みの相手が判った、とする。それで、じゃあどれだけの損害賠償が取れるのだろうか、となると、これもまた非常に問題が大きい。
まず、その書き込みが、「まずい」とか「出てくるのが遅い」とかでは、これはあくまでも個人の感想であり、これを書いただけでは名誉棄損にはならない。たとえば上述のように、悪霊がとりついているとか呪われているとか、そのような記載ならば、名誉棄損の可能性はある。しかし、書き込みが名誉棄損である、ということ、「店の売り上げの減少」との間に、果たして本当に因果関係があることをちゃんと立証できるのか、というと、また別の問題である。これが立証できなければ、たとえその書き込みが名誉棄損に当たるとしても、取れるのは慰謝料だけとなってしまい、その金額は決して多くはない。一か月分の売り上げ減少額にも満たない、ということもある。
因果関係を立証する、ということは、「もし書き込みがなければ、店の売り上げは〇万円だったはずである」と立証する、ということである。店舗側は「この売り上げ減少の原因は子の書き込み以外ありえない!」と固く信じている場合が多いのだが、裁判所はこれをなかなか認めない。
たとえば、・このころ、近隣に競業店舗ができているかもしれない。そうだとしたら、売上減少はこの書き込みのせいではない。・このごろ、店にいた若くて美人のスタッフさんが辞めてしまったかもしれない。そうだとしたら、売り上げ減少は子の書き込みの姓だとは断言できない。・このころ、メニューを変えたのが原因かもしれない。新メニューの○○には人気がなかった。・季節的な人気の減少かもしれない。たとえば、冬にアイスクリーム店の売り上げが落ち、夏におでん屋の売り上げが落ちるようなものかもしれない。・景気が全般に悪化したためかもしれない。ほかの同業他社もつぶれているようだ。・そもそも、以前売り上げが良かったのは開業直後だったからであって、ただ、飽きられて客足が離れていったなどなど、である。
因果関係立証ハードルは非常に高い。もしこれを超えられなければ、せっかく、頑張ってIPアドレス開示から発信者情報開示まで裁判手続きを踏んで本人を見つけ、また裁判でその人間を訴えたのに、ぼろ負けになる。という結果に終わる。