2019.7.12 借金問題
破産と債権者集会
破産をする方の一番の関心は、借金がチャラになるかどうか、つまり、免責の許可が下りるかどうかです。たいていの破産申立事件では、なんだかんだ言って、破産者に、免責が許可されるものです。破産を考えていらっしゃる方の中には「同時廃止」という言葉に見覚え、聞き覚えのある方もいるでしょう。この「同時廃止」とは、「破産財団をもって破産手続の費用を支弁するのに不足すると認めるとき」に決定されます。ぶっちゃけていってしまうと、要は、おカネがなさ過ぎて、破産管財人の先生の報酬も払えません、ということが明らかな時です。
この同時廃止が認められると、免責が許可される可能性は非常に高いです。一方、裁判所は、「なんかおかしい」と感じたら、同時廃止を認めず、管財人を選任します。いわゆる「管財事件」となり、異時廃止、となる場合ですね。この場合には、債権者集会が開かれます。
債権者集会とは、債権者に破産手続に関する情報を開示し、また、破産手続に債権者の意見を反映させるために、裁判所の管理下のもと開催される集会です。自分が借金を踏み倒そうとしている、それを知って債権者がやってくる…と思って、この債権者集会を非常に怖がる破産のお客さんんも時にはいますが、では、これは、実際にはどのように行われるのでしょうか。
その1 きわめて静かな債権者集会
上記のとおり、債権者は、債権者集会に出席して、質問をしたり意見を言うことができます。しかし、実際には、多くの場合、債権者集会に債権者は来ません。銀行や、サラ金などは、もう破産にとてもとても慣れています。債権者集会に出席してそこで何を言っても、もう金は返ってこない、行って、いうだけ、無駄である。と熟知しているからです。
彼らは仕事でカネを貸しているので、返してもらえないリスクも当然織り込んで仕事をしています。なので、どちらかというと淡々としており、債権者集会に行くよりは、さっさと損失に計上して、会計上の処理を済ませてしまう。ということに、興味があります。
ただ、たとえば農家さんの破産の場合には、債権者としてのJAさんがいらっしゃる場合はあります。どうしていらっしゃるのか、JAさんに聞いたことはありませんが、私が見ているに、それは、債権者として債務者(破産者)に物申したい、というより、農業に深く関与する機構として、農家さんに寄り添い、その立ち直りを見届ける、とい意味合いが多いようです。実際、JAさんがいらっしゃって破産に不満を述べることはあまりなく、むしろ手続きが終わった後に、破産者とお話をし、今後のことを考えていこう、とされているのを時々見かけます。
このように、・債権者がだれも来ない。または、来ても何も言わない。というのが、極めてよくある「静かな」債権者集会です。こういう場合、債権者集会の所要時間は、5分くらいです。もっと短い時は短いです。あっという間に終わって、破産者のほうが、え、もう終わり??と仰ることもあるくらいです。
その2 怒号飛び交う債権者集会
めったにあることではありませんが、私は何度か、債権者が非常に厳しく債務者に詰め寄る債権者集会を経験しました。今でもよく覚えているのが、ある、エステ会社の破産です。エステ会社は、経営が厳しくなると、エステ10回○○円!1回あたり〇円もお得になる回数券!というのを売り出したのです。その割引率が結構よかったので、相当のお客さん(主に中年女性陣)が、それを購入しました。それを売り出して、ほんの一瞬は、会社は持ち直したのですが、結局それも長続きせず、あっという間に行き詰まり、会社と社長さん個人が、破産になりました。10回エステ回数券を買って、まだ1回しか行っていない。あるいは、まだ一度も行っていない。それなのに破産?!結局この回数券って、紙くずっていうこと??許せない。騙された。
まあ、中年女性陣がそう思い、お怒りになるのも無理はありません。で、この怒れる女性陣が、大挙して債権者集会に押し寄せてきました。エステ会社の社長さんは、債権者集会で、もともとお客さんだった女性たちに自分がつるし上げられる、と事前に察知していました。私に対して、債権者集会に出ない方法はないか、とあれこれ聞き、債権者集会が近くなると、具合が悪いのでとても行けない、などといろいろ仰います。まあ、行きたくないのは判りますが、だからと言って隠れて済む、というわけにもいきません。
やはり借金を踏み倒すわけですから、最後くらい債権者にきちんとお詫びをする、というのが筋でしょう。私は嫌がる社長さんを無理やりのように引っ張って債権者集会に出席しました。もちろん、女性陣は社長さんにつかみかからんばかりの勢いでした。でも、実際につかみかかることはもちろんありませんし、きちんと謝り続ければ、集会はちゃんと終わります。
この日もなんだかんだ言って集会は45分程度で終わり、免責も、無事に認められました。このように、きちんと対応すれば、破産は、ちゃんと終わります。あまりご心配なさることはありません。むしろ、無理に隠そうとしたり、隠れたり、しない方がいいのです。
その3 ちょっと変わった債権者集会
もう一つ、ちょっと変わった債権者集会を経験したことがあります。そのとき、法廷には、スーツを着た債権者が10人ほど座り、静かに、債務者の顔を見つめていました。特に怒っているわけでもない。ただ、もの言いたげな顔をしています。債務者は、年若い医師でした。この医師は医学生の時に、いろんな自治体から奨学金を借りまくったのです。
いま、非常に多くの自治体が、医師になった後一定程度その自治体で働くことを条件に、医学生に奨学金を出しています。これを、借りていたのです。いや、正確には、彼が借りていたというより、彼の父親が、事業がうまくいかなくなり、彼が借りていた奨学金に手を付け、ふと、あ、これ息子の名義で、奨学金として申請すれば、自治体からほとんど無利息、審査なしでカネを借りられるんだ。これはいい。これでいろいろな自治体から金を借りまくってしまえ…と、思いついてしまったのです。
そうやってカネを借りまくったのですが、結局事業は失敗し、父親は母に離婚届を置いて、夜逃げのように逃げて行ってしまいました。残ったのは、大学を出たばかりの若い医師と、母親です。債権者集会に集うスーツのひとびとは、みな、それぞれの自治体で医学生奨学金を担当する職員さんでした。彼らは、管財人からの説明を一通り聞きました。それが終わると裁判官は、債権者から何かご質問はありませんか、と述べました。スーツの中の何人かが手を挙げました。
一人が立ち上がって口を開きました。「奨学金が返ってこないのは判りました。でも、当初のお約束通り、わたしたちの街で医師として一定の期間働いていただけるのでしょうか。そうしてくださるなら、自治体からは特に何もないです」周りのスーツの人々も一斉にうなづきました。そこには、医師不足に切実に苦しむ、過疎の地方都市の実情がにじみ出ていました。破産者の方、どうですか。と裁判所は債務者に促しました。若い医師は立ち上がって、はい。ご迷惑をおかけしました。必ず、地域医療に貢献することをお約束します。いくつかの街を回らなくてはならないので、行くまでに時間がかかるかもしれませんが、必ず、行って、お役に立ちます。と答えました。
こうして、この先生の破産、免責は無事に認められました。私は最後に、若い医師に、必ず地方都市に行ってあげてくださいね、と頼みました。私自身、地方都市で働いたことがあり、医師不足の実情が痛いほどわかるからです。医師は、はい、そうします、と言ってくれました。きっと、そうしてくれていることと思います。